アコースティックギターが唸る、ZEP流「最狂のハードロックアルバム」

アコースティックギターが唸る、ZEP流ハードロックアルバム「Ⅲの真実」 ギターのこと

【1】「移民の歌」は、罠だった(プロローグ)

私は後追いのファンである。レッド・ツェッペリンの3rdアルバム『Led Zeppelin III』。このレコードのA面1曲目に針を落とした瞬間、飛び込んでくるのはあのターザンのような、あまりに原始的な雄叫びだ。(初めて聞いたときはCDはなかったもので・・・)

「ア〜〜〜〜アッ!」

今聴いても完全に異質、ロックヴォーカルの概念を超えたプラントの咆哮。そして、間髪入れずに襲いかかってくるジミー・ペイジのあのリフ。ハードロック少年たちは、この「ダンダダ・ディ・ドン・ド」という重低音のドライブ感に狂喜乱舞した。私もその一人だった。(ア~~~アッ!は子どもの自分にはなんだか恥ずかしい、若干カッコ悪いという印象も持っていた。。。年齢を重ねるうちになくなったけれど。)

だが、このリフは一筋縄ではいかない。6弦と4弦のオクターブを跳ねるように行き来する独特の運指は、若かった私の指を激しく翻弄した。「よし、なんとか弾けたぞ!」と意気込んだエレキ小僧の私を待っていたのは、爆音の世界ではなかった。うぬぬぬ、弾けない・・・。

2曲目以降に広がっていたのは、深い、深い、「静寂」のアコースティック世界。 世間はこれを「ツェッペリンのフォーク傾倒」と呼んだが、それは大いなる誤解だと思っている。ペイジはここで、エレキのボリュームを上げるのとは全く違うアプローチで、アコギを「唸らせる」という最狂のハードロックを実験していたのだ。

【2】郵便配達の冬、臨んだ「世界一ポップな相棒」

当時の私は、兄が持っていたアコギ(弦高が5mmもある、おそろしく弾きにくい代物)で彼らのアコースティック・ナンバーに挑み、完全に挫折していた。エレキの真似事では、彼らのあの「生音の殺傷力」には到底届かない。自分だけの、ちゃんと鳴るアコギが必要だった。

決意した私は、冬の寒さの中、年賀状配達のバイトに明け暮れた。 手元に残ったのは、6万円弱の現金。それを握りしめて楽器屋へ駆け込んだ。

「手が大きくないので、弾きやすいアコギを探しているんです」

楽器店の勧められたのは、ボディが薄く、ネックが細い、手の小さい私に驚くほどピタッと馴染むエレアコだった。「これだ!」と直感した。だが、店員さんの一言に引っかかる。

それは当時、ヒットを連発していたプリンセス プリンセスの奥居香さんが使用していたものに寄せた?(ここ肝心)ものだったのだ。

ガチガチのZEP信者だった私にとって、なんだか店員の言葉が引っかかる。奥居香さんモデルではないけれど同じようなもの?う~ん中途半端な・・・楽器屋の店頭で試奏しながら一人で勝手に葛藤した。だが、背に腹は代えられない。弾きやすさは本物だ。「でもまあ、〇〇〇〇(メーカー名)だしね」と自分に言い聞かせ、私はその世界一ポップな見た目の相棒を抱えて、団地の四畳半へと引きこもった。

【3】音叉一本、骨伝導が育てた「耳」

当時の私には、高価なデジタルチューナーなんて買えるはずもなかった。手元にあるのは、一本の音叉(おんさ)だけ。

音叉を叩き、その冷たい金属の柄を歯で噛む。骨を伝って頭の中に響く「A(ラ)」の音。その絶対的な基準を頼りに、まずは5弦を合わせ、そこからハーモニクスのを聴き比べながら、他の弦を1本ずつ調弦していく。

今の時代、クリップチューナーの画面が「緑に光ればOK」と、目でチューニングするギタリストがほとんどだろう。音叉を使い、耳を限界まで研ぎ澄ませて、ハーモニクスのウネウネとしたウネリが「ピタッ」と消える瞬間を探す。あの不便極まりない修行のような時間が、私の耳を、そしてギター全体が「面」として共鳴を始める瞬間の感覚を、決定的に育ててくれた。

【4】オープンチューニング、地を這う重低音と「バズ音(ビビり)」の快感

そうして耳を研ぎ澄ませた先に出会ったのが、ジミー・ペイジという「オープンチューニング随一の使い手」の真骨頂、『ブロン・イ・アー・ストンプ(Bron-Y-Aur Stomp)』だった。

レギュラーチューニングを崩し、弦を緩めていく。オープンチューニングは、指が慣れてくると信じられないほどヘヴィな低音が出るようになる。通常のチューニングでは絶対にあり得ない、地を這うような重量感だ。

さらに、弦のテンションが緩むことで、激しくピッキングした時に弦がフレットに当たって「ベシッ」「ジャキッ」とビビる。ギター用語で言うところの、この「バズ音(ノイズ)」こそが、ZEP流アコースティック・ハードロックの最高の隠し味だった。

団地の狭い四畳半で、奥居香さんの使っているギターに寄せたギターを掻き鳴らす。 緩んだ低音弦のバズ音と、音叉で追い込んだ倍音の共鳴が一体となって、ボディ全体がブルブルと唸りを上げる。その瞬間、私の目の前には、ウェールズの山小屋の荒々しい風が確かに吹いていた。(かっこよく言いすぎかな)綺麗に整えられた音じゃない。アコギは、世界で最も激しい「打楽器」になれるのだと、指先が理解した。

【5】「盗作疑惑」を焼き尽くす、山小屋の実験室

ご存知の通り、初期のツェッペリンにはブルーズの「盗作疑惑(引用)」が付きまとっていた。1stや2ndには、後にクレジット修正や裁判沙汰になった曲がゴロゴロある。さらに後年、あの歴史的名曲『天国への階段』のイントロでさえ、「スピリットというバンドの曲の盗作ではないか」と数年間にわたるドロ沼の裁判で揉めることになったのは有名な話だ。

だが、この3rdアルバムに関して言えば、そうした露骨な「借用」の話をほとんど聞かない。 なぜなら彼らは、電気も通わないウェールズの山小屋(ブロン・イ・アー)に引きこもり、自分たちの血肉から一から音楽を紡ぎ出したからだ。

世間が「ツェッペリンはパクリだ」と叩いていた時代に、彼らはこの3rdで「じゃあ、俺たちのルーツである英国伝統のフォークを、誰も聴いたことがないヘヴィな形で鳴らしてやるよ」と、アコギ一本で回答してみせたのである。

後に『天国への階段』のイントロがどれだけ裁判で疑われようとも、私に言わせれば、あの曲のDNAは間違いなくこの3rdで完成していた。あの哀愁のアルペジオ、アコギを唸らせ静寂を支配する音響マジックは、3rdという「剛と柔の実験室」を経なければ物理的に不可能な境地だったのだ。

私が音叉を噛み、バイト代で購入したアコギの弦をバズらせながら格闘した泥臭い青春の時間は、まさにLed Zeppelinがブルーズからの引用やヒントを得た音楽を卒業し、唯一無二の芸術体へと変貌していく「宇宙の設計図」の裏側に、ほんの少しだけ触れるための旅だったのかもしれない。

最後まで読んでくださってありがとうございます。

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2ndについてはこちら

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